ミュージックワイヤのお話現在のミュージックワイヤ

現在のミュージックワイヤ

現在のピアノにはグランド・ピアノとアップライトピアノのふたつの種類があります。どちらの生産数が多いかといえば、当然、一般家庭で用いられるアップライトピアノの方が多く、わが社で生産しているミュージックワイヤも、そのほとんどがアップライトピアノに用いられています。

このミュージックワイヤには13番(0.775mm)という番手から、1/2番刻みに26番(1.600mm)まで23種類があります。前述のように、現代のピアノは88健ですが、弦の数は220~230本も用いられています。これは複弦と呼ばれ、ひとつの鍵で複数の弦を叩くようになっています。

低音側はミュージックワイヤの上に銅線を巻きつけた巻線が用いられています。この巻線には1重巻と2重巻があり、2重巻は最低音部側に用いられています。どの音に何番のミュージックワイヤを用いるのか、巻線はどの音から複弦、あるいは単弦とするかは、ピアノの設計によって変わってきます。

ミュージックワイヤに用いる素材は、JISにおけるSWRS82A、SWRS87A、SWRS92Aという0.80~0.95%の炭素を含有し、きず、脱炭、不純物元素含有量を厳しく規定したピアノ線材が用いられています。この線材は、ばねなどに用いられている一般のピアノ線材の仕様と大きな違いはありません。しかし、ミュージックワイヤは、ばね用ピアノ線より厳格な規格内に、丁寧に手をかけてつくられています。

ミュージックワイヤ独特の製品検査

上:線径の1/2以下まで平打ちしたミュージックワイヤ。実際の加工よりかなり厳しい厚さまでつぶす。
下:ペンチ曲げをしたミュージックワイヤ

まず、その第1は真円度です。弦は打弦されると振動しますが、このときの振動は単なる打弦方向の上下運動だけではなく、水平方向の運動も発生します。真円度が悪いとこれら運動に影響を及ぼし、調律のばらつき、音質の低下につながります。真円度は検査項目では偏径差として数値化されますが、ミュージックワイヤの場合は一般のピアノ線の半分です。

機械的性質は一般のピアノ線とほぼ同じですが、ミュージックワイヤには一般のピアノ線にない、平打ち性とペンチ曲げ性という特別な特性が要求されています。平打ち性は巻線加工を行うとき、巻線のゆるみ防止に両端を叩いて扁平にしますが、その際に割れてはいけないので、ハンマーで線径の1/2まで叩いてつぶし、割れの出ないことを検査しています。

また、ミュージックワイヤはチューニングピンに巻きつけて張力を与えますが、このときワイヤは極めて鋭角に曲げられます。このような過酷な加工にも耐えられることを、エッジの半径が0.2mm以下である特殊なペンチを用いて、90度に曲げたのち、もとの位置にもどすという検査で確認します。

ミュージックワイヤには普通めっきはしませんが、防錆を重要視する外国向けには、すずめっきをしているものもありますが、専門家によりますと、音質的にはめっきをしない方が優れているそうです。めっきのないワイヤで防錆効果を得るためには、ちょっとした工夫がされています。

ピアノ弦は理論上、駒と駒の間で振動し、音を出す源になっていますが、ミュージックワイヤを含めスチール弦では、剛性が他の材質より高く、振動の自由長が駒間の距離よりやや短くなります。これを補正するために、低音側の弦が少し長めに設定されており、この技術はフォークギターやエレキギターにも応用されています。

フォークギターにおける斜めに配置された駒(ブリッジ)

写真:ヤマハ ギターカタログより

このように駒とミュージックワイヤの間は非常にデリケートな関係にあります。したがってミュージックワイヤの表面の性状は非常に重要で、均一性が悪いと同じ張力でも弦によって振動周波数にばらつきが生じます。また、駒できちっと押さえるためには、ワイヤの摩擦係数は高い方が良いといわれており、現在のミュージックワイヤは工業的にこのようなことを実現しています。