ミュージックワイヤのお話弦の材質の変遷

弦の材質の変遷

ピアノはメディチ家のお抱え楽器職人バルトロメオ・クリストフォリが、 17世紀末から1709年にかけて4台製作したのが最初といわれています。しかし、これより250年前の1440年頃、オランダのアンリ・アルノーという人が鍵盤の付いたダルシマー(ドゥルチェ・メロス)を設計し、かなり詳細な図面が遺っていて、鍵盤打楽器としてはこちらが最初という説もあります。

クリストフォリ製作のピアノ(レプリカ)

製造:河合楽器

写真提供:浜松市楽器博物館

いずれにせよこれらの発明品は既に存在したダルシマー、グラヴィコード、ハープシコード(チェンバロ)などをベースとしています。したがって、発明されたピアノもこれらの楽器の弦をそのまま用いたと推定されます。ピアノ以前の楽器であるグラヴィコード、ハープシコードでは、16世紀から17世紀はもっぱら真鍮(黄銅)線が、17世紀後半から低音弦には真鍮線が、高音弦には鉄線が用いられるようになりました。16世紀にハンス・ザクスという人が作ったという伸線作業の詩の中に、この関係が示されていますのでご紹介しましょう。

純粋な銅と真鍮の針金

それを私は小さいハンドル付きのリールで引抜く
たくさんの針金のコイル、錫の、Widの
そして針金ブラシを金鍛冶のために
また、私のつくった最高の五弦は
見事にハープシコード*となり
多くの土地で、細い針金から
帽子のリボンやふさふさしたモールがつくられる

  • 訳者によると、原文は das Claucordium となっているとのこと。Claucordium(ラテン語)は英米のClavicordiumにあたります。したがってハープシコード(チェンバロ)ではなく、当時ヨーロッパ全土に広まっていたクラヴィコードであると思われます。

16世紀初めの伸線工 1527年

ニュルンベルク市立図書館所蔵
(F.M.Ferdhaus)

鉄線は13世紀半ばまで、十字軍騎士の鎖かたびらとして多量の需要があり、ドイツのニュルンベルクはその最大の生産地でした。初期のピアノに用いられた弦も、この材料と同じく、強度は低いが加工性の高い、オスムンド鉄と呼ばれるスウェーデン製の極低炭素鋼を用いていました。楽器弦として真鍮線が鉄線に先行したのは、加工性の違いで、線径1mm未満の弦を作るには真鍮の方が鉄よりはるかに容易だったのでしょう。高炭素鋼の伸線が試みられたのは17世紀後半で、高炭素鋼(スチール)弦が実用化したのは19世紀になってからのことです。